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【エッセイ】俳句といふ微笑(土佐/宮崎玲奈)

土佐高校の宮崎さんにエッセイを書いていただきました。なお宮崎さんには以前、対談にもご登場いただきました(堀下×玲奈(土佐高)「新しい俳句」)。併せてご覧ください。




第16回俳句甲子園公式作品集を読む!(目次)へ


〈俳句といふ微笑〉土佐高校2年 宮﨑玲奈

 中学二年生の時に俳句と出会い、早くも三年が経とうとしている。始めて読んだ句集は大高翔さんの17文字の孤独だった。言葉の扱い方が繊細で、作品の持つ瑞々しさ、そして独特の“純愛”の世界観に一気に引き込まれていった。

 現在、高校二年生。好きな俳人 高柳重信・阿部青鞋。どうやったら大高翔から重信・青鞋へと続くのか。自分でもさっぱりわからない。しかし、既存の枠を逸脱し、破裂し、食み出し、俳句という短詩型文学の一種を自分の色に染めていった、そんな彼らの前衛的な姿勢に衝撃を受けたからではないかと考察する。

 そんな私の考える俳句の定義。俳句の「俳」の表記は「にんべん」に「非」。人に非ざると書く。つまり、人でないような人(俳人)が創作する人に非ざる文学(俳句)は第三者から見れば、訳の分からない滑稽な文学。俳句は笑いの文学であるとも解釈出来るのではないだろうか。

 ここでは、俳人でもあり、鋭い評論家でもあった重信を挙げよう。氏の評論「バベルの塔」は私にとって俳句を創作する際のバイブルであると言ってもいい。多行形式俳句の魅力、俳句の在り方を問い続けたストイックな一面と余りある優しさ。私の思う“新しい俳句”は彼の考えに近い。重信は著書の中でこう説いている。「俳句とは、別の言葉で言えば、俳人独特の心理に発した微笑のことである」これは福永武彦の一文をもとに考えられているのでそちらも紹介しよう。「日本人が困つた時、悲しい時に示す一種の微笑、それは日本人独特の心理に発してゐる。僕達はこの微笑の中に無限のニュアンスを汲み取ることが出来るが、外国人にはおよそ理解に遠いものとして映るに相違いない。日本の小説に多いのはこの微笑である。一つの文学的なテクニックだ。しかしそれは、人間なら誰にでも分るといつた種類のものではない。日本文学はこのやうな微笑で満ちてゐる。(一部省略)」

 重信のいう俳句とはつまり、芸であり、テクニックなのだ。しかし、俳句創作者の作り出す微笑(テクニック)を理解し得るのは、いわゆる俳句馴れした俳人だけである。

 今までの流れを総体的にみて、重信の定義には、私の定義と似た所があるのではないかと一つ、考えてみる。私の論ずる所の「笑いの文学」とは第三者的視点に立ち、俳句を見た際に言えることである。俳人がテクニックを有しているからこそ、俳人の作り出す微笑(俳句)は多くの人に紐解かれることはなく、難解なものと、私の言葉で言うところの人に非ざる笑いの文学とされるのではないだろうか。だからこそ、私は俳句を笑いの文学として定義する。

 定義した上で、私にとっての新しい俳句とは何だろう。まず、一つとして、例句を挙げれば、阿部青鞋の「かたつむりいびきを立ててねむりけり」のようなイメージによる季語の使い方ではないだろうか。第十六回俳句甲子園公式作品集の中から例句を挙げるならば、「まだあをき団栗拾ふ理系女子」(佐南谷葉月さん/金沢泉丘)。ステレオタイプとも言えるが、青い団栗をイメージで捉え直しているともいえるのではないだろうか。私が思うところのイメージで捉えるというのは、季語の本意、本情を捉えた上での話だ。土佐高校俳句同好会でも、俳句甲子園の季題が出た時には、まず季語の掘り下げ作業を行う。実際に肌で触れてみたり、匂いを嗅いでみたり、五感で感じながら、歳時記に載っている言葉の注釈付きであった季語の見方をそのものの形(本質)に近い見方にしていく。ここまでは、皆で行う作業なのだが、ここからの実感を言葉に変換していく過程でそれぞれのイメージによる季語の使い方が発揮されると思っている。実感そのものを俳句にするのではなく、実感を超えてのイメージを俳句にする。皆、一度はイメージが遠い時には、離れている、近い時には付きすぎていると言われたことがあるはずだ。新しい俳句とは、実感を超越した作者個人のイメージが、“ちょうどいい”具合に達した作品ではなかろうか。

 二つ目に、主観写生も、もっと表舞台に立っていいのではないかということだ。一概には言えないが、俳壇は現在でも虚子の説く客観写生に固執している節もあるだろう。皆もご存知のように、虚子はホトトギスの結社経営の為に客観写生の理論を制定しただけで、彼の作品の中にも客観写生で詠まれていないものさえある。一度、客観写生の定義を確認しておくと、客観写生とは事物を客観的に描写することによって、そのうしろに主観を滲ませるほうがいいという考え方である。例句を挙げれば、『春風や闘志いだきて丘に立つ』は虚子の主観写生の具体的な例である。きちんと身につけておくべき技法として、客観写生も取り入れるべきだとは思う。しかし、俳壇は虚子の説く客観者性の桎梏から更に解き放たれるべきだとも考えるのだ。

 中村草田男は「俳句芸術を一応体得するためには十年の実作経験を必要とす。作品作品を正確に観賞理解し得るためだけにも、約五年の愛情を以ての真摯な不断の勉強を必要とする。」と言っている中で、私は三年目にしてこんな大口を叩いている訳であるが、解き明かせない謎の一端をほんの少しだけ、ほんのちょっぴり動かせたように思う。

 私にとって俳句とは。未だに解き明かせない謎のようなものである。解明できないからこそ、創作活動も鑑賞も楽しいと思えるのではないだろうか。だからこそ、言葉を、イメージを、実感を、自分の内面を、他の言葉に単純素朴に換算する一種の遊戯に益々惹かれていくのだろう。



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