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「僕もしくは私と俳句」

広島高校二年生、吉川創揮くんとの対談です。テーマは「影響を受けた俳句」。同学年の男子どうし、非常に盛り上がりました。二人とも話したいことがたくさんあり、脱線につぐ脱線。なんと15000字を超えるボリュームとなっております。
なお、対談はメールで行われたため、読みにくいところがあるかと思います。ご了承ください。



(柳元、以下「柳」) 旭川東高校二年生、柳元佑太です。吉川くん、よろしくねー! 楽しんでいきましょうー!


(吉川、以下「吉」) おはよー!!b( ̄ロ ̄)d
広島高校 二年 吉川創揮です。こちらこそ、よろしくー!!
宛名が吉川よしこな事に笑いを隠せません……(編者注:吉川創揮くんは広島高校で女々しさ故によしこと呼ばれているらしい)
中1から、よしこなのでよしこ歴は5年目ですね
まぁ、それはさておき、お話しましょうか?


(柳) あははー。ごめんねー! (編者注: 柳元はこのとき、ほぼ初対面の吉川創揮くんに対して、宛先を「吉川よしこ」として送った)
今回は自分に影響を与えた句とか、思い出の句を鑑賞しようっていう感じだよね。では吉川くん、そのような句はありますか? (ワクワク)


(吉) いやいや。ダイジョブですよー。ただ、改めて吉川よし子って書くと「よし」の繰り返しが妙にダサくて面白いな、と思って。
俳句を始めてまだ2年経ってないぐらいだけど、自分に影響を与えてくれた句はもう、そりゃたくさんありますね。
すごい悩みましたが、とりあえず一つ。私が一番最初に「俳句すげぇ!!」ってなった句です。私の原点ですね。

水の地球すこしはなれて春の月 正木ゆう子 (『静かな水』より)

ちなみに俳句甲子園で正木先生にサインしてもらった句です(*゜▽゜)ノ
先に柳元君の鑑賞を聞いてもよいかな?


(柳) よしこってなんだか愛情を感じて良いあだ名じゃない。僕もそうよんじゃおうかな。
おー!!! 正木ゆう子先生の代表句ですね。スケールが大きい句だけど、それだけじゃないよね。
まず、上五にドキリです。水の地球だなんて。作者はきっと宇宙に意識を飛ばす能力があるのかな、中七までは宇宙にいて、ガガーリンのようにこの星を眺めていると思うのです。でも、僕は下五の春の月は地球から眺めていると思うんです。春の月、と言われると、水分の多い春の夜空に浮かぶものを想像するからなのかな。ここだけ現実の匂いがする。
最初はずっと宇宙から地球と月を俯瞰しているのかなぁと思ったし、意味を考えるとそれが正解な気もするけれど。(正解はないけれど、ね) 中七が優しくて、惹かれます。
僕の解釈はだいぶ好き勝手なんだけど、よしこくん (笑) はどうかな?


(吉) よしこでもいいですけよ(笑)ただ、実際会った時に呼ぶと周りの目が痛いと思います……
鑑賞、すごく共感します。そう、宇宙に意識が飛んでるんですよ!!やっぱり俳句と言えば

古池や蛙飛びこむ水の音  松尾芭蕉

という細かい物を詠む(細やかな句も勿論好きですよ)という固定観念があった当時の私は脳天貫かれましたよ。
たった十七音で宇宙っていう人間の手の届かない物を表現するなんて本当に驚きでした。
ただ、私の句の解釈はすこし違って。論理的には多分柳元君の解釈が正しいと思うのだけれど。(上五中七は宇宙視点で下五が地球視点)
これは私の感覚的な解釈ね。上五の「水の地球」これ字余りだから、中七にスムーズに繋がらなくて、「水の地球」がまず、はっきりイメージに浮かんでくる。
そう、ガガーリンの言った青い地球。で、中七。ここは、柳元君と同じく優しさを感じるのだけれど。あんまり意味がない、ゆとりのあるフレーズだよね。
そのゆとりが宇宙の茫洋とした空間をイメージさせて、やわらかく下五に着地する。下五の「春の月」で視点は地球から少し引いて、宇宙の中に地球と月が並ぶイメージに。勿論、宇宙空間においては月に春も夏も違いはないけれど、「春の月」とすることで、宇宙全体が瑞々しい空間のように広がっていく。ってカンジで。私の場合視点はずっと宇宙からで、視野はどんどん広がってきますな。
まぁ解釈は人それぞれなわけだけれど。でも、見たこともない景色をこんなにもはっきりイメージさせる十七音の力を知って俳句に惹かれていったね。懐かしい。


(柳) やったぁ! よしこ!(失礼) よしこ!(失礼)
そうだね、字余りが効いているというのはとても共感できる。でもあんまり主張してこない字余りっていうのかな、いや、してるけど。すごく大景なのだけれど、静かなイメージのまま、すっと広がってくれる上五だと思いました。
上五も下五も強めだからね。中七がゆったりとしていて読みやすいっていうのもその通りだと思う。ゆるやかで。リラックスだね。
二つならんだ地球と月って、改めてみるとすごく素敵。冷んやりとした宇宙に、青い星と、春の月。そう考えると中七は効いてないようで、きちんと効いているね。
この句はきちんと僕たちに映像 (動画という意味ではなく、静止画も含めての) を見せてくれる。僕も17音で出来ることなんて、と思っていたけれど、違ったなぁと思う。17音っていう定型は俳句における武器なんだろうね。破調も含めて。この句で呈示される景はきっと散文で伝えると興ざめかもしれない。でも、それは俳句っていう形式だからこそ、こんなにも広がり瑞々しいのかも。
うーん。(笑) めっちゃ楽しいなぁ、どうしよう。よしこの鑑賞を聞いてもっと好きになりました。


(吉) くそぅ。呼び返すあだ名がないぞ(笑)
中七がより地球と月の存在感を際立たせてくれるよね。意外にこの句の肝は中七なのかもね。
散文では伝えれないよね、この景色。そう十七音っていう短さは制約じゃなくて武器なんだよね。すごく思う。
私の拙い鑑賞、伝わったようで何より。私も柳元君の鑑賞でこの句への理解が深まったよ!!
正木ゆう子先生、おすすめですよー!!彼女自身の感覚に基づく句のはずなのに、不思議と納得のいく句が多いです。

月光を感じてからだ開く駅 正木ゆう子 (『静かな水』より)

とかね。まだ色々紹介したいけど。まぁ、私の好きな句の話はこれまでに(していいのかな?)
柳元君の選ぶ句を聞きたいな!!


(柳) まあ僕は強いていえばやなぎーとかやなぎぃとか呼ばれてるかな?笑
正木ゆう子先生の句、素敵だねー。感覚的な句は独りよがりになりがちだけれど、そのような句で共感できるのはやっぱり正木先生の句に実感があるからだね。きっと、身体の細胞とか心臓とか、耳や目とかそういうレベルでの実感を覚えるんだろうな。月光を感じるからだなんて、僕には使えないよー。素敵。
そうだね、おいおい触れていきましょう! またお願いします!

雪解けて地面呼吸を始めけり 木村杏香 (旭川東文芸部誌『炎』より)

正木ゆう子先生の句のあとなのですが、部活の先輩の句です。僕の好きな句なので許してね。俳句のハの字も知らないときに、初めて出会った句で。俳句の良し悪しなんてわからなくて、そのときは全くわからなかったけれど、なぜだかずっと心に残っている、印象深い句です。広島に住んでいると実感は少ないかもしれないけれど、どうだろう?


(吉) じゃ、やなぎーって呼ぼっかな。
正木ゆう子先生素敵だよー。サインしてもらった時もすごく丁寧に対応していただいたし、句も人柄も素敵だよ。お兄さんの正木浩一さんも、もう亡くなってらっしゃるけど
素敵な句を詠まれてます。
木村さんの句ですね!!あの素っ裸の!!めちゃくちゃ印象に残ってます。
広島でも年に二、三回は雪が降るので、北海道民ほどじゃないけどこの句の気持ち分かりますよ。
生き物でもない地面に命を感じるというか。雪が解けた後の地面ってやわらかで、日が差して暖かそう。そんな地面は冬眠している蛙が隠れていたり、これから芽吹く種がじっと眠っていたりと色んな命を包んで、育むっていうイメージが強く浮かんできて、「呼吸」っていう言葉と合ってると思った。呼吸って内と外の出し入れだから、春になりかけた空気を地面が吸い込んで命が育っていくように思えるかな。ただ、春が来たっていう季語じゃなくて、雪が解けた、だからこそ、水の循環とか水の恵みだとかそういう自然の息吹をすごく感じて気持ちがよかったです。
好きだな。こういうの。俳句知らなくてもそりゃ惹かれてしまいますよ。
ただ、時々しか雪が降らない広島よりも、ずっと雪が降り積もってる北海道の方がこの句の気持ちをもっと理解できるんだと思うなー。羨ましい。その気持ち理解したいぞ!!


(柳) どうぞー!!
そうなのか、旦那さんも俳人の方だったのか。田中裕明さんと森賀まりさん、神野紗希さんと高柳克広さんみたいに、俳人同士の結婚って憧れるよね。デートで吟行とか、結婚式の二次会は句会、みたいな。笑
そうなの、素っ裸の木村さんの句なのです。
実は、雪解けって結構汚いんだ。春先になると、融雪剤っていう雪を溶かすための黒い砂みたいなものが巻かれるし、地面がぬかるんで雪も泥々になってしまって。でも、そういう雪の感じって、ああ、呼吸をしていたんたんだなぁと思って。それから春先のどろどろが楽しみになりました。コンクリートと土の道の違いって、息をしているかどうかなんだね。それになんといったって、春の優しい季節感が満載だよね。地面が呼吸を始めるから、冬眠していた生き物も動き出すし、木は芽吹きはじめる。春が唄いだしたみたいで、この句はとっても好きなんだ。
北海道に吟行においでー!来年の俳句甲子園も、優勝すれば航空券だろうからね。(ぼくたちが勝って広島に吟行にいく予定だけど。笑) 俳句は住んでいる地域によって、詠む内容や解釈も変わるから、色々なところに行ってみたいね。
 

(吉) 正木浩一さんはお兄さんだぞー(笑)確かに俳人同士の結婚っていいなーと思う。俳句甲子園だったら高柳先生と紗希さんが並んだときお似合い過ぎて眩しかった。
デート吟行って私は楽しいけど、デートとしてそれ、相手は喜んでくるかな?(笑)デートなのに、「後十分で句を三句ずつ見せ合おうね」とか言ってたらビックリしちゃうわ。
あぁ、確かに言われてみれば春先の土はどろどろでぐにゃぐにゃだわ。自分もあのカンジ好きよ。一歩一歩歩くたびに確かに地面を踏みしめてる感覚があるし、足跡がよく残るのがなんとなく
面白いし。自分も今年、雪が解けるたびにこの句を思い出すだろうな。雪解けとか春が来るっていう事がこの句を読んだおかげでより楽しみになってきた。
春が唄いだした、っていう気持ち分かるよ。春の始まりだと思えば土のどろどろも一見汚いけど愛おしくなっちゃうわ。
こういう風に俳句に触れる事で現実の世界が深まるっていうのは自分にはよくあるんだよね。自然も句を通してどんどん好きになってくし、牛とか馬とか鹿とかかわうそとか動物もどんどん好きになってく。そういうところも、私が俳句に惹かれてく理由なのかも。
北海道、行きたーい!!小さい時行ったけどもうラベンダー畑しか記憶に残ってなくて(笑)かまくら作りたい。かまくらの中で餅食べたい。あ、でもスキーは結構です。
風土が違う場所で俳句詠むの楽しいだろなー。北海道の空気を食べにいきたい。広島に来るのは大歓迎だけど、自腹で来てください(笑)準優勝で満足してください(笑)
ただ、広島は何もないぞ……。政令指定都市だけどドーム球場ないし。
俳句甲子園の俳句見る限りでも、結構地域の影響受けるよね。北海道は空蝉が見れないって聞いて本当にカルチャーショックだったもん。
蝉の抜け殻をポケットに入れて持って帰ろうとしたら、ポケットの中でばらばらに砕けて母親に呆れられる、っていう経験は小学生なら誰もがするものだと思ってたから。
私達、今年の兼題「蝉」を詠む時、蝉が二三匹しか鳴かないからもっと鳴けーってお祈りしてたんだけど、北海道じゃ一匹たりとも鳴かないわけじゃん。
詠むのも大変だっただろうけど、相手の句の解釈も大変だっただろうね。
逆にやなぎーの優秀賞句とか、向日葵の句は北海道的(?)伸びやかさがあって好きだったよ。


(柳) わぁーーこういうところがあるから僕はだめだね。ごめんね。そうか、兄妹で俳句をされるんだ。素敵な家族だね。高柳克広さんと神野紗希さんは眩しい、紛れもなく光源だったね。憧れる。
まあ句は一人で作るからね。吟行は成立しても、デートは成立しないかも。笑
今年の俳句甲子園の開会式で西村和子先生もおっしゃっていたけど、何年、何十年も先になっても思い出せる句と出会えたら本当に嬉しいよね。散文ではできないことだし、口承性のある俳句ならではだよね。口承性のあるっていう俳句だと、

びわ食べて君とつるりんしたいなあ 坪内稔典 (「船団」ホームページ「e船団」http://sendan.kaisya.co.jp/index3.html より)

ってのを思い出す。好き好みは分かれるけど、もう俺、この句を忘れられない。枇杷食べるたびに君とつるりんしたくなる。
よしこの言うとおり、俳句をやることで自然に対する姿勢とかはとても変わったと思う。木とかは影に注目しちゃうし、石があったらひっくり返しちゃうし。動物も大好きになった。
わ、ラベンダー! 僕の出身地は富良野っていうところなんだけど、たぶんその周辺じゃないかな??なんだか嬉しいな。いつか一緒に吟行しようね。スキーは僕得意だから、スキー吟行しようね♡
広島がなにもないだなんて。北海道は景色は綺麗だけれど、広島みたいに歴史は深い土地じゃないよ。牡蠣も美味しいだろうし。堀下先輩も「尾道に住みたいなぁ」って言ってたよ。僕たち北海道民からすれば、歴史のある町は憧れる。
そうだね、たしかに蝉とかはあんまりいないね。今年はNHKの取材に来ていただけたのだけど、蝉がいなくてディレクターさんががっかりしていたよ。まあでも、地域差があるのはしょうがない。北海道は北海道で雪とかの冬の季語に強いし。鑑賞が難しいのは確かにあって、だから今年はまず景の確認を真っ先にしていたんだ。去年、先輩方が兼題「柿」のときに、柿がならない地域には景が分からない句と当たり、大変だったらしくて。
わ、覚えててくれたんだ! ありがとう! こういうのが嫌味なく詠めるのは北海道の強みだと思うな。
よし、次の句にいってもよいかな。よしこ、お願いできる?


(吉) まぁ、私の場合デートする相手はいないので(この話にコメントしなくていいからね!!)
西村先生の話はすごく覚えてる。恥ずかしい話、感動して半泣きの状態だった(笑)実際、これからもずっと忘れないであろう句とたくさん出会えて幸せだった。
やなぎーの句も、ずっと覚えてると思う。
稔典のその句は初めて見た。この口からポンと出てきたカンジ良いよね。
俳句って一般の人が思ってるような小難しい句ばっかりじゃなくて、こういう句もあるから止められない。
自分も脳内が今この句で埋め尽くされてる。ただ、やなぎー、「君とつるりんしたくなる」はやっぱり散文のワンフレーズになると危険な気配を感じるよ(笑)韻文の力、大事だね(笑)

たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ 坪内稔典 (『ぽぽのあたり』より)

三月の甘納豆のうふふふふ 坪内稔典 (『落花落日』より)

とか読むと今日も日本は平和だなーと思えて大好き。
すごく分かる。分かるよ。木があったら抱きたくなるし、雨が降ればすこし浴びたくなる。石は裏返す度にダンゴムシごめんよ、って思ってる。
吟行したいぞ。私を北海道に連れていって♡ スキーは肌が焼けそうだから遠慮しよっかな……。別にスポーツが苦手とかそういうわけじゃないけど、ね。うん。
まぁ、確かに歴史はある街だね。広島もおいでよー。一緒に探検しよ。自分あんまり広島詳しくないから。
俳句甲子園、冬の季語も出してあげて……。柿もないんだねー。別世界だわ。今の時期、丁度電車の窓から外見たら柿はどこにでもあるし、どこも田舎だね。
それは北海道の強みだけじゃなくて、それを言葉にできるやなぎーにも強みがあるよ!!やなぎーの句は話し出したら長くなっちゃうから
またなんか機会あれば話させてね。
じゃあ、本題に戻りましょうか。

花の上に押し寄せてゐる夜空かな 村上鞆彦 (『遅日の岸』より)

正木ゆう子先生の句は私の原点の句だったんですけど、私はあの句に囚われすぎていたのか、壮大な物事や、誰も思いついた事のないフレーズを詠むことに固執してた時期があったんですね。そんな私の目を覚ましてくれた句です。
やなぎー。鑑賞お願いします!!


(柳) うんうん、西村和子先生のお話はめっちゃよかった。あのお話聞けただけでも俳句甲子園いった価値あったよ。人に覚えてもらえる句って、本当に作者冥利に尽きるね。めっちゃ嬉しいです。古くて申し訳ないけど、よしこの

さびしさは鳴ればよいのに蜆汁 吉川創揮 (『星果てる光Ⅱ』より)

これ、大好きなので、忘れません。木村さんが吉川くんうまいなぁっていうから僕悔しくてさ。笑
稔典の俳句は、ナンセンスに見えてクスッと笑えて、それでいいじゃないかっていうそんな感じだよね。僕はこの作り方はしないけど、とても好き。
季語の問題は俳句甲子園に文句言っても仕方ないし、類想にとらわれないアドバンテージだと思って頑張ります。しょうがないものね。
わ、これ素敵な句だね。恥ずかしながら初めて見る句です。この句も僕は十分大きな句だと思うけれど、とても優しい句だね。迷うのだけれど、日が沈んで夜空が桜のうえにくる、という時間の移り変わりではなく、感覚的に夜空が桜のうえにある状態を、夜空が押し寄せていると捉えたものだと読みました。夜空がメインではあるけれど、しっかり桜も描かれていると感じたのはきっと上六だからかな。押し寄せている、というフレーズにしずかに浜にうちくる波をイメージしました。桜のうえに、波のごと夜空が静かに押し寄せているんだ、という作者の主観が優しい。春の夜空は水分が多いから、そんな風に感じたのかもしれないな。
僕も先輩にやなぎぃは句柄が大きいと言われていました。壮大な句が好きだったし、天文季語ばっかり使ってたし。色々考えることがあり、ようやくそこは抜け出せたかな、なんて思ってるけれど。みんな通る道なのかもね。


(吉) うわーありがとう。句と話はズレるけど、さびしさは音にするなら、おなかが空腹で鳴る音だと自分は思ってます(笑)あの気の抜けた音がなんとなく自分はさびしいんだよね。
俳句甲子園には出せないけど、北海道民の冬の句、楽しみにしてるよー!!
鑑賞はやなぎーに全く同じです。一言でまとめたらこの句に失礼だけど、綺麗だよね。夜桜の景色がくっきり浮かび上がるし、桜を包む空気の様子まで見えてくる。
上六のゆったりとしたリズムも気持ちよくていいよね。
この句で自分が驚いたのは、この句が言ってることって失礼な話「夜桜」って季語に含まれてる気がした、ってこと。夜桜って言葉を言えばきっと誰もがこの句のような景色を思い浮かべる
と思うんだよね。だから景色自体にオリジナリティーとかは多分ない。正木先生の句とは違ってね。でも、オリジナリティーがないから悪い句とは微塵も思えなかったし、むしろ夜桜という皆のイメージする景色をたった十七音で切り取れたって事に感動した。大胆な言葉、奇抜なフレーズ、誰も見たことのない景色……。
そんなものがなくても単純でさりげない言葉でそこにある景色を詠むだけで俳句は成り立つのだなぁ、って。
(こんなこと芭蕉の古池やを読めば分かる事なんだろうけど、当時の私はそんなことすら分かってなくて苦笑)
この句を読んでから、周りの物事にも目を向けて句を詠むようになったかな。
言葉だけ大胆で中身は空虚な句は少なくなった(と信じたい)
まぁ、「押し寄せてゐる」は少し捻ったフレーズなのかもしれないけど、一句全体を眺めた時に目につかないさりげなさがあって良いなと思いましたね。
このフレーズから生まれる波のイメージが夜桜の儚い美しさを引き立ててるし。
天文季語ばかり使うってのはすごく分かる。私だけじゃなくて、広島高校全体が天体季語が好きすぎる。星にはロマンがあるから仕方が無いのかもしれないけど。


(柳) そうだね、確かにこの景には夜桜があるよね。もう少しだけ言うと、句形からしても明らかのように僕は「夜桜」というより「夜桜のうえにある夜空」の句だと思うのです。同じ景があって、それを100人が詠んで100人が同じ俳句とならないみたいに、夜桜を詠むにも色々な攻め方があるんだろうね。景を自らの手で作りあげるような句もあるだろうし、夜桜の持っている隠された本質の一部を捉えるみたいなものもあるだろうし。俳句甲子園の質疑応答は「景」によるものが多いけれど、それは句の一部であって全てじゃないんだろうと思います。「景」や「題材」にオリジナリティがなくても唯一無二のものはあるだろうし。まだ僕は手探り状態で全然わからないのだけれど、このあたりを勉強したいと思ってます。
天文季語は季語自体すごくポエジーだから。(笑) でも青春詠だと思えば、そういう時期なんだと思うし。

ことごとく未踏なりけり冬の星 高柳克広 (『未踏』より)

くらい詠めればよいけれどね。
なんでもないことを詠んでなんでもないことが詩になるっていうのは本当に俳句のすごいところだよね。でも、たとえば、

鶏頭の十四五本もありぬべし 正岡子規

って俺、分からないんだよね。よしこはどうかな? この句? ここまでの徹底した写生をされると、僕はどうもとっつきづらいのだけれど。


(吉) 確かに「夜桜のうえにある夜空」の句だね。その視点のずらし方が上手いポイントのひとつなのかも。
そう、「景」や「題材」にオリジナリティーがなくても私にとって唯一無二なのね、この句。私が上手く言えなかったことを言ってくれてありがとう。
自分もあまり理解してないし、言葉が追いつかないね。自分も学ばないと。俳句甲子園の質疑は難しいよね。自分も景をなぞるだけのような質問しかできなくて、相手の句の魅力的な部分に迫ることができなかった。句会とかで選入れた句の感想を言うときもだけど。
未踏の青春感はいいよねー!!でも、自分はこんな力強くも、脆くて健全な青春を自分はしてないから(笑)こんな句詠めない。未踏は天文的季語に限らず、蝶とか海鳥とか色んな少年性を表現するモチーフがあって面白いよね。
俳句っていう形式が偉大だよね。

あをぞらをしづかにながす冬木かな 村上鞆彦 (『遅日の岸』より)

なんかも、青空を背に木が立ってるだけなのに、作品として完成されてる。
自分も正直な話鶏頭の句には惹かれないかな。子規の人生とかそういうものに思いを馳せれば惹かれていくのかもしれないけど。ただ、作者の人生を知識と持ってないと楽しめないっていうのは俳句の一作品としてどうなのか疑問ではあるかな。鶏頭は七、八本でもこの句は変わらないって言った人もいるらしいけど、同意かな。でも、子規の目に十四、五本映ったのなら事実として十四、五本でかまわないとは思う。これは自分の勝手な考えだけど、鶏頭っていう一つ一つの主張が激しい花を十四、五本もまとめて詠んだのは面白い点だとは思う。
自分が写生句で好きな句っていうのは全部、自分が生きてて視界に入れていても気にも留めなかったことを言ってる句かな。

チューリップ花びら外れかけてをり 波多野爽波

冬空へ出てはつきりと蚊のかたち 岸本尚毅 (『鶏頭』より)

たしかにチューリップは散りそう、じゃなくて外れそうな花びらのつきかたをしてるし、蚊も青空をバックにするとはっきり認識される。
こういう、言われてみれば確かに!!と思える写生句は好きだな。


(柳) 僕も言葉が追いつかないことがとてもつらい。もっとも、僕は知識も追いついていないけれど。恥ずかしながら、僕『未踏』持ってなくて、なんとも言えません。買おうにも、もう在庫もなくて。読みたいのだけれど、まだ叶わずにいます。海鳥の句は、歳時記にサインしてもらいました! 一生の宝物です。

あをぞらをしづかにながす冬木かな

これめっちゃいいです。好きな句リストに追加しておきます。素敵な句だね。あおぞらが流れるなんて、もうたまらないなぁ。冬木がそれとなく、すごく効いてるね。しっかり定着させている。
背景知識に左右されてしまう俳句は難しいよね。でも、きっと俳句ってそういう側面も確かにあって、そういうものだったのかも。虚子あたりのころから、ひとつの句が媒体を介して全国に広がるってことになって、わけわからなくなったのかな。でも、ひとつの芸術として成り立つには背景知識から独立してもひとつの作品として成り立つことが必要だと、僕も思います。
それと、鶏頭についても同意します。爽波のチューリップみたいに、ただそこに何があるんだって句よりは、言葉にすることで新しい見方を提示してくれるほうが好きです。でも、これは僕がまだ読みが浅いからなのかもしれないなぁと思います。
いやぁ、話してる密度が濃くてくらくらしてきちゃうな。笑
だいぶ脱線してしまったけれど、次の句にすすんでも良いかな?

さへづりのだんだん吾を容れにけり 石田郷子 (『木の名前』より)

石田郷子さんの作風がとても好きで、俳句を真剣にやるようになってから影響を受けました。石田郷子ラインなんていう少しネガティヴな捉え方もあるけれど、単純に読者として共感できて、俳句っていいなぁと思わせてくれます。鑑賞お願いできますか?


(吉) 『未踏』はスピカなら買えると思うよー。サインもしてもらえるから自分はスピカで買った。ちなみに

揚羽追ふこころ揚羽と行つたきり

って句をサインしてもらった。未踏で一番好きな句ではないけど、すごく句の気持ちに共感できて好き。海鳥の句もいいよね。眩しい。
村上鞆彦さんの句いいでしょ?今年第1句集だしたし、新選21にも100句出してるので是非是非他の句も見てね。どこでもある普通の景色を綺麗に切り取れてるよね。
俳句の歴史とか勉強しないとなぁ。過去の俳人をもっと知りたい。
そうそう写生はハッとする何かがないと響いてきにくい、自分も。でも、地味だけど

たてかけてあたりものなき破魔矢かな 高浜虚子

が好きだったりするから自分の写生句に対する好みは自分でも分からないや。自分の鑑賞能力が足りてないからかも、というのは同意。
私もこんな難しげな話をするとは思ってなかったから頭が……。楽しいけどね!!毎回、ついつい脱線しちゃう。
石田郷子さんか。この句含め三、四句しか知らないや、気になってはいるけど。
森の中かな。自分は囀りが聞こえると気になって近づいちゃうけど、近づきすぎると鳥って逃げちゃうんだよね。でも大人しくしているとまた鳥達は囀りはじめる。
そうやって高まっていく囀りを聞いていると、自分が鳥達に受け入れられたような、森という風景の一部になったようなそういう感覚がする、ってことだと思う。
この句、囀りという実体のないものについて詠んでいるけど、春の光を受けて揺れる木々だとか、木漏れ日とかが囀りの賑やかさ、眩しい声から見えてくる気がします。
具体的な景を示さないからこそ、春の光の感覚を捉えているような気もするね。
だんだんっていう措辞も囀りを聞いてるときの森に溶けてゆくような感覚に忠実だし、容れにけりはさり気なく、やわらか。このひらがなの余白の多さからも光が見えてくる気がする。十七音っていう形式に無理させず、等身大の感覚をさりげなく詠めてるから、読んだら深呼吸したくなる気持ちよさだね、この句。
石田郷子ラインは、「文学的意識」っていうのかな、何かを俳句で表現しよう、掴もうという確固たる信念がない、見たいなイメージがあるのね。あんまり知らないのだけど。
俳句という形式が停滞していると言われている今の状況を打破してくれる可能性は石田郷子ラインにはないのだろうけど、それは別に自分はかまわないと思うんだよね。
等身大に、自分と世界の関わりを詠んでいくっていう姿勢は俳句の中であってもいいと思う。自分もそういう句好きだし。
ただ「文学的意識」のようなものがあったほうが、より切実で、誰にも掴むことができなかった句が詠めるのだと思うな。
ちなみに、石田郷子ラインと称される中では津川絵理子先生が好きです。

切り口のざくざく増えて韮にほふ (『はじまりの樹』より)

とかね。石田郷子ラインについては勉強不足だな。


(柳) あれ? そうなのか!見てみるね。高柳先生はこの頃を振り返って、もう「ことごとく」のような句は作れない、と仰ってた。(のをどこかで読みました。) 作風は意図の有無を問わず変わるものだし、それで良いのだろうね。
ああ、新選21に出てたのか。もやもやの正体が分かりました。見てみる、きっと僕も好きな作家さんだと思います。
鑑賞の能力を付けることもそうだし、作句するにおいても歴史を学ぶ必要があることに最近ようやく気づけました。今の旭川東は正直まったくこのような勉強会をしないので、その必要性を感じています。でも自主的に学ばないと面白くないし、難しいところだよね。
石田郷子さんの句を読んでいると、何かに包まれている気になります。それは主観を通した優しい自然であり、光であり、母性といったら少し違うけれど。些細なことでも、優しい気持ちになれます。石田郷子ラインについては僕もほとんどわからなくて、知ったかぶりみたいなところがある。(笑) 中原道夫先生は「嫌なところがない癒し系だけれど…」みたいなニュアンスで仰ってたよね。あれは文体や詠み方の問題なのかな。個人としてより世代として捉えたときの問題だよね。そのような問題提起を見ると自分の詠み方とかを考えざるを得なくなる。アイデンティティとかね。僕にはまだ難しくて、とりあえずは句が緩くからないようにするので精一杯だけど。
句のイメージはよしこの言ったとおりです。囀りのみを捉えるゆえに周りまでをも想像できるんだと思います。言葉による制限がないところは好きなだけ想像できるから、この句はだんだんと自分の周りが、ひいては自分さへも深い緑になるような感じです。僕の思っていること以上のことを正確に言葉にしてくれて、僕が言うまでもなくなっちゃった。素敵な鑑賞をありがとう!
僕の中では囀りって凸のイメージなのです。溢れ出してくるもので、零れるもの。青本瑞季さんの、

囀りやみづの器として湖底 青本瑞季 (『星果てる光Ⅱ』より)

とか。この句に僕は、器である湖底に、深く注ぐような囀りを思いました。これは囀りが凸、湖底が凹だよね。そういう意味で石田郷子さんの句の囀りは、自分を受け入れるという意味で凹。これが不思議な感覚だった。囀りに侵食されていくような。容れるというのも、器をイメージさせる。


うちの高校も別に勉強会はしてないよ。やると俳句が勉強になって、俳句を詠むことが宿題になりそうで、なんとなく怖い。
勉強するなら私と一緒にしない?(具体的に何するかとか思いつかないけど)
石田郷子さん、少し調べてみたけど句の言葉がシンプルでゆとりがあって心地よいね。作者自身のこころの伸びやかさが句に表れてるんだろうな。
私はチマチマとした人間だからこのおおらかさ、優しさにずっと浸りたくなる。やなぎーが惹かれるの、分かります。
あぁー確かに、中原道夫先生がそう言ってたの、見たわ。

改めて調べると彼女たちは俳句に過大な負担をかけない。何かを表現しようとして俳句を利用するのではなく、俳句形式に触れることによって、心がおのずと開かれていく。 (週刊俳句より、http://weekly-haiku.blogspot.jp/2013/04/blog-post_14.html)
(編者注:この対談を読むだけでは石田郷子ラインに対する誤解が生まれるので是非お読みください)

と小川軽舟先生の言葉が引用されてたけど、そういう風に俳句へのスタンスが違うだろうね。自分は人間としてもアイデンティティがないので当然、句にもアイデンティティがないんだよね。そこは気にしてる。具体的にどうすることもできてないけど。
いえいえ。やなぎーの素敵な鑑賞に負けないように頑張った(笑)森の静けさに体が溶けていくそのここち、分かる分かる。
その凸と凹の捉え方おもしろいね。瑞季先輩の句も、石田郷子さんの句も、どちらも光を連想させる囀りだけど働きが違うのか。
瑞季先輩の囀りは光の線をイメージするけど、石田郷子さんの囀りは光のある空間をイメージするわ。他の句と合わせて読むとおもしろいな。
星果てる光読んでくれてありがとー。タイトルから天文季語が好きすぎる気質が表れてるけどね(笑)木村さんに公式ブログでお願いされたけれど、できるのは年明けになります。もうちょっと待ってね。
石田郷子さんに影響を受けたって言ったけど、それはゆとりがあるフレーズだったり、句の伸びやかさだったりから影響を受けたのかな?
なんか私ばっかり自分語りをした気がするので(私が勝手にね笑)、やなぎーの句に対する姿勢をすこし教えてもらいたいな。
というか、どうやってやなぎーは俳句に出会ったの?私は中学の頃に小説を書こうとして文芸部に入部したんだけど、松山に行きたいという不純な理由で高1になって俳句を始めた。やなぎーも高1からだよね?多分。突然、話を雑に振って申し訳ない(笑)


(柳) そうなんだよね。俳句は強制されるものではないし、苦痛になんて感じてしまったらそれこそ悲しい。僕の先輩は、そういうことがあってあんまり下級生に俳句作れとか、読め、勉強しろなんて言わなかったんだと僕は勝手に思ってるんだ。
え、ほんと? 一緒に勉強したいです、嬉しい! お互いの句の合評とかも出来たら楽しいね!
形式に負担をかけない、か。なるほど、確かにそうだ。僕も俳句は言いたいことを言う主張に使うものではないという点は大きく共感します。アイデンティティは僕はとりあえず棚上げしようかな。(笑) 詠みたいものを詠んでいって、それがいつか見つかればよいな。甘えるわけじゃないけれど、僕まだ俳句始めて二年経ってないし。(逃げの姿勢)
よしこが言う、囀りの「線」と「空間」の違い、なるほどだ。青本瑞季さんのは、コップから液体を液体に半永久的に注ぐイメージ、石田郷子さんのはゆるやかに膨張する空間だね。石田郷子さんには、影響を受けたというか、単純に好きだったんだ。句集を一冊読んだだけだったけれど。それで、自分でドラマ性のある大景を組み立てるような作風は、稚拙だったなぁとようやく思えて。(作風が変わってるかどうかは別としてだけど。笑)
僕はとっても素敵なタイトルだと思うよ、『星果てる光』なんて。忙しい時期なのにありがとう!楽しみにしてます!
俳句との出会い方かぁ。僕は中学では野球少年 (もちろん坊主) で、高校でも野球をやる予定だったけど、受験期に伸びた髪を切りたくなくて。それで、本を読むのが好きで、少しだけ小説を少し書いていたから、ふらりと文芸部に入りました。そして、一ヶ月くらいして、みんな俳句やってるんだぁ、やるかぁくらいで俳句を始めたよ。俳句なんて全然わからなくて、今もわかりません。 そして、月日は流れ、ゆるーい意識のまま今年の俳句甲子園を迎えてしまい、先輩2人に引っ張られる形で準優勝して。そこで僕は意識が変わりました。俳句の (俳句甲子園の、ではなく) 楽しさ、深さ、色々な考えに気づけたのと、来年もこの場に立ちたいと切実に思えて。だから、恥ずかしながら実はエンジンがかかったのはつい最近なんだ。やっぱり、俳句甲子園の存在は本当に、本当に大きかったな。傾倒できる俳句に出会えて、友達も増えて。だからこうやってよしこと対談も出来ているし。よしこも、俳句甲子園の存在はやっぱり大きかったかな?


(吉) 部員以外に句を見てもらうの新鮮だから、やってみたいね。
あぁごめん、自分の引用と話の仕方が悪かったから勘違いを起こしてるみたい。ここでいう小川軽舟先生の「何かを表現しようとして俳句を利用する」っていうのは、自分の意見を伝えるために俳句を利用するって事じゃなくて、三橋鷹女が俳句で何を詠みたいか問われて「孤独」と答えたように、そういう何かしらのテーマを表現するために俳句を利用するって事だと思う。
分かりにくくてごめんよ。いつも言葉足らずで。でも、自分も何らかの主張に俳句を使うのは好きじゃないよ。新聞とかで時々見かける時事俳句的なものとかね。
自分も棚上げ状態(笑)まぁ、でもアイデンティティって自分で意識するものじゃなくて滲みでてくる物だと思うから、やなぎーの姿勢が正しいのかも。それは決して逃げじゃないと思うよ。
「木の名前」を読んだのかな?自分も読んでみようかな。こういう心に癒しを与えてくれる句集ほしいです。第三句集も最近出たようなのでそっちも気になっちゃうな。
自分も俳人の方の句集読むたびにこういう句を読みたい!って思うけど肝心の自分の句に変化はあまり……(笑)なんだかんだ、大きな事を言いたがる癖は抜けてない気がする、自分。
最初の頃はドラマ性を持った句を詠みたがってしまうよね。十七音に情報が収まらなくてお粗末なドラマができることが多かったなぁ(笑)
よくよく考えたら少し暗いタイトルだけどね(笑)星、死んじゃってる。いやいや、忙しいなんてそんな。テスト期間中で忙しいのに深夜一時にメールを返してくれるやなぎーの方がよっぽど大変だよ。無理しないでね!!
え、野球部で坊主だったの(; ゚ ロ゚)ナン!( ; ロ゚)゚ デス!!( ; ロ)゚ ゚トー!!!どうりで私とは違う爽やかな雰囲気があるわけだ。納得。でも、一回坊主にしたのに、髪ツンツンになってないのね、
羨ましいぞ。私の髪、小さい頃に坊主にしてから完全防水使用の硬さだから(笑)まぁ、そんな事はどうでもよい。
俳句甲子園の存在は大きすぎるものがあるね。まず、俳句甲子園がなかったら、俳句の面白さに気づかずに人生を終えてただろうから、俳句甲子園に感謝してる。
自分のエンジンがかかったのは去年の俳句甲子園だろうな。Bチームだった私と曽我部、竹村、荒谷で自費で応援に松山に行ったのね。で、開成高校だとか、広島が
敗者復活で二位だったとか色んなことに刺激を受けて、自分もがんばろうと思った。俳句甲子園を、じゃなくて俳句を。まぁ、そのエンジンは頻繁に切れてるのだけど(笑)
でも、今年、見る側じゃなくて選手側として参加できて本当によかった。だってフェアウェルパーティー楽しすぎじゃない。色んな人と話せるし、たくさん句集にサインしてもらえたし。
こういう風に終わったあとも交流を持てる友達ができるしね。俳句甲子園というイベントより俳句が好きだけど、俳句甲子園は俳句への原動力となってるかな、自分には。
やなぎーは高3でも出場するのね。自分は来年でるかまだ決めてないや。(うちの高校三年の部活は制限されてるらしいし)でも、準決勝まで進んで、真っ暗なステージから照明を当てられて浮かび上がる演出やってみたい(笑)あれ、見てる側からしたらすごく、かっこよかった。強者感すごかった。


(柳) いやいや、僕は時間の使い方が下手くそなだけなので、大変なんてことはないよ! (テストなんて知らない)
あ、ごめんごめん! 主張って言い方がまずかったね。テーマを表現するってこと自体に目的は感じなくて、物を詠むことで、類似性としてのテーマが出てくる、確かにそんな感じ。時事俳句は、ジャンルとしてはありなのかもしれないけれど、五七五でやる必要はないような気がする。もちろん、それが成功している人 (渡邊白泉とか) もいると思うけどね。ある程度耐久性がないとだめなんじゃなかな、と人の話を聞いて思い始めてます。
石田郷子さんの句集は『木の名前』を読みました。第三句集、僕も気になってます。ネット通販苦手なのだけれど、『未踏』といい、挑戦せねばならぬ時がきたようだ。笑
そうか、広島は高三は参加しないケースが多いのか。勉強大変な時期だもんな、夏休みを喰われるもの。岸野さんとかも今年参加されてなかったものね。俳句を大学で続けることを考えると、その方が良いのかも、なんて思ったり。難しい判断だね。やっぱり俳句甲子園は俳句を始める大きなきっかけがね。俳句甲子園がなければ絶対俳句をやらなかったと僕も思う。ほんとに感謝だ。僕は去年の俳句甲子園は地方予選すらなぜか出なくて、(出ればよかったなぁと思ってる) ちょっと悔やんでいます。作品集を読んだだけだけれど、去年の俳句甲子園はとてもレベルが高かったね。予選の開成と広島は、まず句からして事実上の決勝と読んでもおかしくないぐらいだったし。それは刺激受けるね。僕も選手として参加して、今年こんなに良い思いをしてしまって (あんな素敵な演出とかもしてもらえて)、頑張らざるを得ないです。僕も俳句も、俳句甲子園も大好きです。来年よしこと会えたらよいな、なんて軽々しく言えないけれど、まあお互い無事大学生になれたら、一緒に吟行しましょう!
(そろそろまとめようか!笑 こんなに楽しいとは考えてなかった! 脱線いっぱいしてごめんね!)


(吉) そうそう、時事を五七五で詠むメリットってあんまりないよね。情報量が圧倒的に少なくなるから。うちの学校は「卒業研究」って言って、高校卒業の条件としてちょっとした論文を書かなきゃいけないんだけど、時事俳句の意義について書こうと思ってます。ただ、やなぎーの話聞いてると、この研究予想以上にハードな気がしてきた。がんばります(笑)
ネット通販は一度手を出しちゃうと、財布の紐がゆるくなるから気をつけてね(笑)私、一ヶ月で一万円、俳句関連の本で飛んだことあるから(笑)
去年全国大会に出てた、青山先輩も岸野先輩も受験勉強で忙しいからね。(青山先輩は応援に来てくれましたが)むしろ、高三も出た青本姉妹は特例です(笑)
しかも、二人とも東大行っちゃうから尚更特例。私も今、その事に絶賛悩み中です。
あぁ、確かにやなぎーの名前、去年の作品集で見かけなかったなぁ。今年初めてなのに、舞台上でも落ち着いてディベートしてたから尊敬するわ。
去年の広島は最強の布陣だったからね。自分が試合する時よりも開成と先輩の試合を見てるほうが緊張したし興奮してた。応援しにきただけなのに
泣いちゃったしね(笑)俳句甲子園はどうか分からないけど、俳句は一緒にがんばろうね!!吟行もいつかしよー!!
そろそろ終わりなのでまとめのようなことを。
一応、今回「自分が影響を受けた句を語り合う」がテーマだったんだけど、まぁ、見事に脱線に次ぐ脱線です(笑)しかも会話は一万五千字越え!!
予想以上に長くなりました。やなぎーとは一回顔を合わせただけだし、会話もほぼしたことなかったけれど、今回の対談、本当に楽しかった!!お誘いただきありがとうございました。
私のメール人生(そんな長くないけど)で一番、返信が待ち遠しいメールでした。とは言っても、待つ時間なんてあまり感じないくらい、やなぎーの返信は早かったけど(笑)
ただ、これだけ話してもまだ私は物足りていないので(笑)是非、何かあればお呼びください。いや、何もなくても駆けつけます!!


(柳) 話したいことが色々なところにあって、欲張って色々な聞いてしまいました。それに対して丁寧に答えてくれてありがとう! 鑑賞も、すごく考えてくれたことや、よしこの人柄が伝わってきて、心がジャガイモのようにほかほかになりました。(それはホクホクだった) よしことは俳句甲子園のフェアウェルパーティで、ほんの少しだけ話せたんだよね。あのとき話せなかったら、こうやってこんな楽しい話をできてなかったかもしれないと考えると、つくづく人との出会いって素敵だなって思います。俳句は縁を作ってくれるね。
僕はほんとに薄っぺらい知識で精一杯話していたんだけれど、もっと頑張らねばと刺激を受けました。こういうのは恐れ多いけれど、僕はよしこのことライバルだと思ってるし、まずは追いつけ、そして追い越せで、切磋琢磨していけたらよいなと思ってます。
僕もほんとに楽しかった、すごく、満たされました。好きなことを好きなだけ話せる相手ってそうそういないもの。もっと話したいことたくさんあるので、定期的にやろうよ。(笑) 味をしめてしまったぞ。
よしこの卒業研究の成功 (少し気が早いけれど) を祈ってるよ。
今回は忙しいなか、ありがとうございました!



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